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川口市の概要 川口市は、埼玉県の南東部に位置し、荒川を隔てて東京都に接しており、都心からほぼ10〜20km圏内の県内有数の都市です。人口49万人を超える住宅都市、固有の伝統ある産業都市に発展しています。 川口のあゆみ むかしのこの地域はほとんどが海面下にあり、関東ローム層で覆われた現在の新郷・安行・神根・戸塚といった地域が陸地となった後、市域に人が住み始めたのは、今から約2万年前といわれています。 江戸時代、市域はほとんどが幕府直轄領で、稲作を中心に灌漑治水によって農業が発展しました。 川口という地名はもともと、「小川口」と呼ばれていたそうですが、元和8年(1622)に徳川秀忠が「川口」に改めたといわれています。この地に日光東照宮が移されて以降、日光御成道は整備され、川口にも将軍の日光参詣に伴う馬継馬や宿が形成されていきました。また、鋳物や植木を荒川や芝川経由で運ぶなど、江戸への物資供給を通じて発展していきました。 現在、国の伝統工芸品指定を受けている和竿の始まりもこのころからだったようで、芝川流域を中心に生えていた良質の布袋竹を素材にした竹竿が江戸へ出荷され始め、植木や苗木の栽培は安行の吉田権之丞によって始められ、明暦3年(1657)に起った明暦の大火で焼け野原となった江戸への供給によって発展したといわれます。 当時の川口町は田畑や湿地帯が散在し、300戸ほどの家が集まっただけの小さな町でした。しかし明治時代の末には鋳物工場が数多く立ち並ぶようになり、その後、川□町駅・新荒川大橋ができると鋳物産業を中心に飛躍的発展をとげ、「鋳物の街川口」として全国的にも知られるほどになりました。 昭和8年(1933)に川口町・横曽根村・南平柳村・青木村が合併し「川口市」が誕生すると、昭和15年(1940)に芝村・神根村・新郷村の3村、戦後になって安行村、美園村の戸塚を合併し、現在の川口市ができました。鋳物・植木・釣竿などの産業をはじめとして、ボランティアや映像・情報などにも力を注ぐなど、一大産業・生産都市として、現在も歩み続けています。 川口の名前の由来 鎌倉時代の後期に書かれた日記『とはずがたり』に小川口(こかわぐち)という地名が記されており、後にこれが川口になったとされています。「こかわぐち」の名は、この辺りが旧入間川(現在の荒川)の河口に臨んでいることから付けられたといわれています。
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